こんにちは。アーニーといいます。
私は今、関東にある、大きな病院の精神科閉鎖病棟に入院しています。今年の一月中旬に転院入院するまで、てっきり依存症専門病棟かと思っていたのですが、そうではなく驚きました。主治医先生はその道で有名な方と思っていたので専門病棟かと勝手に想像していましたので。
今回は、この病院に転院するまでを、ある方にメールにてお伝えした際の私の送信メールを元に、書かせて頂きます。
私はちょうど就職氷河期と呼ばれる時期に学校を卒業し、狙っていた開発学系の同じ学内にある大学院試験を受けて落ちたものの、何とか拾ってくれたあるメーカーに営業志望として就職しました。しかし、研修後に配属された地方支店勤務で、身の丈に合わないオーバーワークを続け、うつ病になってから今日まで、一時良くなったり、また悪くなったりを繰り返し、仕事をできたりできなかったりしていました。良くなった時期には、青年海外協力隊として、学生時代から好きで通っていた国の案件(2回受験し、その前は南米の国での合格で辞退しました。)で、村落開発普及員として赴任し、自分として出来過ぎなくらいの仕事をこなさせて頂き(配属先の上司同僚、またJICA事務所の方々に恵まれました)、日本のテレビやラジオ新聞その他にて活動紹介頂けたりもしました。しかし、帰国後の転職で思うような職に出会えなかったり、またうつが酷くなったり、続いたりしてしまいました。ここ数年は、短期の派遣で勤めるのがやっと、という状態でした。長く付き合ってきた妻と結婚しても状況は好転せず、さらに落ちてしまいました。タイムリミットがせまり、私の好転を待てずに妻が決意して子作りをした所、幸運にも子ができてくれました。しかし、その後、私は勝手に焦り、地獄へと落ちてしまいます。
子の保育園の送迎も妻がやってくれていました。3年前、娘が産まれてくれてから、失った時間と働けなかった分を、ゴールドや原油の先物の先物取引や、仮想通貨のレバレッジ取引で、一気に取り戻そうなどと、キチガイ思考になってしまい、一日中マルチモニタ4枚PCで、MT4やMT5(という、チャート表示と注文も行えて、プログラミングしたプラグインのようなものを使って自動注文もできます)
を使いまくってトレードを繰り返し、損を取り戻すためにさらに無謀なトレードばかりを積み重ねてしまい、結果、家を一軒買えるくらいのお金も、失いました。途中、自殺未遂もしました。いつも死にたい死にたいと言い続け、妻に負担をかけていました。精神科を、色々回って、ギャンブル依存症だと言われました。有名なK病院でTMSという先進治療の治験として2年ほど通ってもいました。行政の保健センターという所の、ギャンブル依存症プログラムにも昨夏から通い、他の依存症回復施設に通ったり、GA(ギャンブラーズアノニマス)という依存症から回復するための自助会にも参加したりしました。それでもやめられず、回復に至る前にスリップ(依存対象行為や物質を再使用すること)を繰り返し、クレジットカードや後払いサービス、消費者金融からなどの借金ばかりが増えてしまいました。
妻が頑張って長年貯めてきたお金までも肩代わりに費やしても、辞められませんでした。手元に数万円あればチャンスがある。仮想通貨とゴールドの通貨ペアでレバレッジ1000倍で突っ込めば300倍くらいなら数分〜数時間で到達出来るなどとキチガイになりました。年末でしたので、毎年画像とフォトショで作っていた年賀状も、最後の一枚として作りました。(文面には、自殺するため、などとは書けないので、諸事情により年賀状の送付は今回が最後になります。今後はメールにてご挨拶させてください、という言い訳を載せました)そして、昨年12月頭に、もうどうしようもない状態で、死にます、と医師に伝えて、初めての精神科入院となりました。K病院の精神科にはベッド空きがなく、他所にあるアルコール依存症病院を紹介され、(入ったのは急性期病棟でアルコール依存症病棟では無かったのですが、看護士さんの中に、以前その病棟で勤務されていて、認知行動療法や他治療に携わったという方がいらっしゃり、限られた時間でしたが、プログラムの一部を見て下さりました。本当に感謝しています。)その急性期病棟にて3週間と少し過ごし、その間に某SNSにて知り合った方の助言で、一旦死なずに自己破産手続きを申請させて頂き、再起をはかる事も可能かもしれない、いつか返済出来るように、今死なずに生かしてもらえる可能性もあるかもしれない、と思えるようになりました。そして、うつ病とギャンブル依存症の両方同時に治療可能かと、いま居るこの病院を、妻が繋がった家族会の人に紹介されて、1月中旬から入院しています。今回はそこまでにします。
読んで頂きありがとうございます。また次に、続きを書かせて頂きます。
コメント